『ランドルフ・カーターの陳述(The Statement of Randolph Carter)』(H.P.ラヴクラフト著)の解説

『ランドルフ・カーターの陳述(The Statement of Randolph Carter)』は、H・P・ラヴクラフトが1919年に執筆した短編小説であり、彼の後年の神話体系において重要な役割を果たすキャラクター、ランドルフ・カーターの初登場作である。
本作は第一人称形式で語られ、語り手が警察に向けてある恐怖体験を「陳述」するという体裁を取っている。
創元推理文庫の『ラヴクラフト全集6』に収録されている。
目次
注意
読者の体験を損なう可能性があるため、本解説を読む前に先に物語を読んでおくことを強く推奨する。
書籍の表紙以外に掲載しているイラストはあくまで本ブログによる創作物であり、公式に発表されているものではない点に注意して頂きたい。
物語の概要

語り手であるランドルフ・カーターは、ある夜、フロリダの沼沢地帯にある古代の墓地に友人ハーレイ・ウォレンと共に赴いたと語る。
ウォレンはオカルト研究家であり、特に禁断のアラビア語の書物を読み込んでいた人物で、地下の異界とその入り口について異常な関心を抱いていた。
二人は懐中電灯と電話装置(コード付きの送受器)を持参し、墓地の中央にある古い地下墓地への石の扉を開ける。
ウォレンは一人で地下に降り、カーターは地上で通信用のコードを握って待機することになる。
地下に降りたウォレンとカーターの間では電話線を通じて会話がなされるが、やがてウォレンの声は徐々に不穏になっていく。
彼は何か信じがたいものを見たと述べ、「お前には見せられない」と語り、地上に戻ることを拒む。
さらに会話が続く中、ウォレンの声が途切れがちになり、ついには異様な存在が彼に迫る様子が描写される。
最後に、電話の向こうから届いたのはウォレンのものではない、異形の存在の声であり、こう語る。
「バカ者め、ウォレンはもうおらぬわ。おまえに語りかけておるのは──」
ここで物語は終わる。
読者に委ねられる余韻と恐怖をもって幕が引かれる。
登場人物
ランドルフ・カーター(Randolph Carter)

語り手にしてラヴクラフト作品群の代表的キャラクター。
夢と幻想、未知への探究心に満ちた人物であり、後の作品群では「夢の探求者」として数多くの冒険を行う。
この作品ではまだ若く、恐怖に直面して逃げ帰った人物として描かれる。
ハーレイ・ウォレン(Harley Warren)

禁断の書物や地下の異界について研究する神秘学者。
勇敢であるが、理性を超えた存在に近づきすぎたことで破滅する。
彼の遺体は発見されず、彼の最期は謎のままである。
地名
フロリダの沼地

物語の舞台。
詳細な地名は記されていないが、古代の墓地が存在する場所として選ばれている。
アメリカ南部の神秘的かつ未開の自然が、不気味な舞台背景を構成している。
地下墓地/石の扉

ウォレンが降りていく禁断の空間。
異界への入口であり、何らかの超常的存在とつながっている。
解説
『ランドルフ・カーターの陳述』は、禁忌への探究と理性の限界を描いたラヴクラフト的恐怖の原型である。
カーターとウォレンの関係は、知識と恐怖の二極を象徴している。
ウォレンは「知ろうとする者」、カーターは「恐れ、逃げ出す者」であり、両者の対比によって、神秘的世界の恐るべき側面が浮き彫りにされる。
また本作は、「未知の扉を開けてしまった代償」というテーマに基づく、ラヴクラフト的恐怖の典型である。
科学的探求や学問の欲求が、やがて「語り得ぬ存在」に直面して崩壊する過程が、極めて緊迫感ある筆致で描かれている。
ランドルフ・カーターはこの物語を契機に、ラヴクラフト作品群の中で最も重要な「分身的キャラクター」となっていく。
以後の作品では、彼はしばしば神話的存在との対話者や旅人として登場し、人知を超えた宇宙の構造に近づいていく存在として成長する。
本作はカーター・サイクルの起点としても、またクトゥルフ神話における「超越的恐怖」の端緒としても、重要な位置を占める。
短くも濃密な構成の中に、ラヴクラフトの恐怖観のエッセンスが凝縮されているといえる。