『イラノンの探求(The Quest of Iranon)』(H.P.ラヴクラフト著)の解説

ラヴクラフト全集 7 | H・P・ラヴクラフト, 大瀧 啓裕 | 英米の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

『イラノンの探求(The Quest of Iranon)』は、H・P・ラヴクラフトが創造した夢幻的かつ叙情的な短編小説であり、儚い理想と美への渇望をテーマとする寓話的作品である。

本作は、『サルナスの滅亡』と同じくダンセイニ風の影響を色濃く受けており、現実と幻想のあわいに存在する「夢の都市」への果てしない遍歴を描く。

創元推理文庫の『ラヴクラフト全集7』に収録されている。

注意

読者の体験を損なう可能性があるため、本解説を読む前に先に物語を読んでおくことを強く推奨する。

書籍の表紙以外に掲載しているイラストはあくまで本ブログによる創作物であり、公式に発表されているものではない点に注意して頂きたい。

物語の概要

『イラノンの探求(The Quest of Iranon)』
『イラノンの探求(The Quest of Iranon)』

物語の主人公はイラノンという青年である。

彼は、かつて「アイラ(Aira)」という美しく輝かしい都市に住んでいたと語るが、その都市の記憶は断片的で、誰もその存在を知らない。

イラノンは流浪の旅を続けながら、アイラを探し、自らの歌と夢を人々に伝えようとする。

イラノンが最初に現れるのは、陰鬱な石の都市テロス(Teloth)である。

そこでは人々は実利を重視し、歌や美を愚かなものと見なしている。

イラノンはこの都市の冷淡さに失望し、靴直しとして働くよう命じられるが拒否し、そこで出会った少年ロムノド(Romnod)とともに都市を離れ、共に旅立つ。

二人は幾多の土地を巡り、イラノンは自らの歌を歌い続ける。

旅の途中で訪れた都市には、ナルトス(Narthos)、シナラ(Cynara)、ジャレン(Jaren)、トゥラー(Thraa)、イラーネク(Ilarnek)、カダテロン(Kadatheron)、オラトーエ(Olathe)などがあり、それぞれに彼の歌は受け入れられず、もしくは一時の娯楽にすぎず忘れ去られる。

やがて彼らは、かつて噂で聞いたリュートと舞踏の都市オオナイ(Oonai)へと辿り着く。

この都市ではイラノンの歌は歓迎され、彼はしばらくの間栄華を享受するが、やがて浮かれ騒ぎと退廃に染まった市民たちの浅はかさに幻滅する。

そして長年連れ添ったロムノドも死を迎え、イラノンは再び孤独となる。

その後もイラノンは旅を続け、ある晩、沼地の岩場に住む老いた羊飼いと出会う。

その羊飼いの語る言葉によって、イラノンがかつてテロスの乞食の少年であり、アイラなど存在しない夢の産物であることが明らかとなる。

真実を知ったイラノンは、絶望のうちに沼地のなかへと消えていく。

登場人物

イラノン

物語の主人公でかつて王子だったと信じるが、実は現実から逃れるために幻想を作り出した乞食の少年に過ぎなかった。

歌と美の世界に生き、決して成長することなく、永遠の夢を追い求めた。

ロムノド

テロスで出会った少年。

イラノンの歌に心を打たれ、ともに旅に出る。

成長し、やがて死を迎えることで、イラノンとの対比が際立つ。

テロスの執政官

実利主義を体現する存在で、イラノンに労働を強制することで、現実世界の規律と価値観を象徴する。

羊飼い

物語の終盤で登場する老人であり、イラノンの過去と真実を暴露する存在。

彼の言葉によって、幻想は終焉を迎える。

地名

アイラ(Aira)

イラノンが追い求める理想の都市であり、詩的な美と記憶の象徴。

実在しないが、彼の存在意義と夢を支えていた。

テロス(Teloth)

物質的・実利的な価値観に支配された都市。

美や夢は無用とされ、イラノンのような存在は受け入れられない。

オオナイ(Oonai)

一見すると芸術と歓楽の都市だが、実は退廃と虚飾に満ちた幻影の都である。

理想のようでありながら、真の理解者は存在しない。

他の都市群(ナルトス、ジャレン、イラーネクなど)

イラノンが旅の途中で訪れる都市であり、それぞれに失望と拒絶をもたらす現実世界の縮図である。

解説

『イラノンの探求』は、夢想と現実の対立を描いた物語であり、夢の中に生き続けることの尊さと同時に、幻想の崩壊による絶望を描き出す。

イラノンの姿は、芸術家、詩人、理想主義者の象徴であり、世界が現実と効率ばかりを重視するなかで、彼のような存在は生きづらく、最終的に破滅へと追いやられる。

イラノンが「成長しない」という性質も重要である。

それは夢想者の純粋さと永遠性の象徴であり、同時に時間の流れと現実世界に適応できないことの暗喩でもある。

最終的に彼の幻想は崩れ、「アイラ」が存在しないことが判明したとき、物語は静かに、しかし深く痛烈に幕を閉じる。

本作は、芸術の孤独と夢の尊厳を哀しく美しく謳いあげた、ラヴクラフトの抒情詩的傑作である。

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