『魔宴(The Festival)』(H.P.ラヴクラフト著)の解説

H・P・ラヴクラフト作「魔宴(The Festival)」は、1923年に発表された短編小説であり、ラヴクラフトが創造した「クトゥルー神話」の要素が随所に組み込まれた作品である。
「ネクロノミコン」や「深きものども」への言及、さらには祖先崇拝と死者との交歓というテーマを扱い、ラヴクラフト的宇宙観の初期的表現として重要な位置を占める。
創元推理文庫の『ラヴクラフト全集5』に収録されている。
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注意
読者の体験を損なう可能性があるため、本解説を読む前に先に物語を読んでおくことを強く推奨する。
書籍の表紙以外に掲載しているイラストはあくまで本ブログによる創作物であり、公式に発表されているものではない点に注意して頂きたい。
物語の概要

物語は、語り手である無名の男が「古き祭り(The Festival)」に参加するため、クリスマスの時期に祖先の地であるマサチューセッツ州のキングスポート(Kingsport)という港町を訪れる場面から始まる。
祖先からの書簡に従って訪れたこの地には、陰鬱で古めかしい雰囲気が漂い、住民は無言かつ異様な態度で接してくる。
語り手は、案内人に導かれて古い家へと入り、やがて地下の洞窟へと続く道を進む。
そしてついには地下深くの石造りの広間に至り、そこに集うフードを被った無数の人物たちとともに、忌まわしき儀式の場に立ち会うこととなる。
儀式において彼らは死者と交わり、「深淵」へと旅立つための異様な飛翔装置に乗る。
しかし語り手はそれに耐えきれず発狂し、キングスポートの病院で意識を取り戻す。
物語は、彼が見たことが現実であったのか、それとも悪夢であったのか、曖昧なまま終わる。
「ネクロノミコン」に記された文言が現実の恐怖であることを暗示し、幕を閉じる。
登場人物
語り手(無名の男)
主人公にして語り手。
自らの祖先にまつわる祭儀に参加するため、キングスポートを訪れる。
好奇心と運命に導かれて儀式の中心に至るが、異界の力に直面し、正気を失う。
彼は現実と幻覚、古代と現代のあいだに翻弄される存在である。
黙した案内人
語り手を迎える無言の男であり、フードをかぶっており顔は見えない。
語り手を家に導き、地下の祭壇へと導くが、その正体は語られず、死者である可能性が高い。
彼は語り手に祖先の一員としての義務を果たさせようとする存在である。
フードをかぶった群衆
儀式に参加する者たちであり、彼らもまた死者もしくは半死の存在であると暗示されている。
彼らは言葉を発せず、異世界の存在と交流し、「飛翔」して地上を去る。
地名・象徴・モチーフ
キングスポート(Kingsport)
マサチューセッツ州に位置する架空の港町であり、ラヴクラフト作品にたびたび登場する。
古めかしく、霧に包まれた街であり、時間の感覚さえ歪めるような、死と夢の世界への入口となる。
モデルは実在の港町セイラムやマーブルヘッドとされる。
地下の洞窟と神殿
キングスポートの地下に広がる巨大な空間であり、古代から続く祭祀が行われる聖域である。
そこで行われる儀式は、人智を超えた存在との交歓であり、死と再生、あるいは異界への移行を象徴している。
「ネクロノミコン」
作中で語り手が精神病院で手にした書物であり、異教の儀式とその意味を記している。
この書物の引用「夢のなかには地球の表層を超える深きものがあり、われらの心を超える者が住まう」こそが、本作の宇宙的恐怖を象徴する。
考察
「魔宴」は、祖先崇拝、死者の蘇り、古代儀式への参加といったテーマを扱いつつ、個人のアイデンティティと祖先の運命がいかに結びついているかを描く作品である。
また、本作は「ネクロノミコン」の明示的引用や、「深きものども」に連なる存在への言及により、ラヴクラフト世界における神話的連関を強めるものである。
「キングスポート」という地名、地下の聖堂、無言の群衆などは、現実と夢、死と生の境界が崩壊する空間を象徴しており、語り手は自らの意思ではなく、血と宿命により異界へと導かれる。
ラヴクラフト的宇宙観(人間存在の無力さ、時間と空間を超える存在の恐怖)が、古典的なゴシック様式と融合した名品である。