『魔女の家の夢(The Dreams in the Witch House)』(H.P.ラヴクラフト著)の解説

ラヴクラフト全集 5 | H・P・ラヴクラフト, 大瀧 啓裕 | 英米の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

H・P・ラヴクラフト作「魔女の家の夢(The Dreams in the Witch House)」は、1932年に執筆された短編小説であり、異次元と数学、民間伝承と宇宙的恐怖が融合した作品である。

本作は「クトゥルー神話」における重要存在の一柱ナイアルラトホテップの仮面「黒い男(Black Man)」、そして古代の魔女ケザイア・メイスンを通して、現実と夢、数学と魔術が交差する恐怖を描いている。

創元推理文庫の『ラヴクラフト全集5』に収録されている。

注意

読者の体験を損なう可能性があるため、本解説を読む前に先に物語を読んでおくことを強く推奨する。

書籍の表紙以外に掲載しているイラストはあくまで本ブログによる創作物であり、公式に発表されているものではない点に注意して頂きたい。

物語の概要

『魔女の家の夢(The Dreams in the Witch House)』
『魔女の家の夢(The Dreams in the Witch House)』

本作の主人公は、ミスカトニック大学で非ユークリッド幾何学と民間伝承を研究する若き学生ウォルター・ギルマンである。

彼はアーカムの古びた「魔女の家」に部屋を借り、奇怪な夢を見るようになる。

その夢の中では、無限にねじれた空間、異次元の広間、そして恐るべき存在たちが登場する。

夢の中に現れるのは、伝説の魔女ケザイア・メイスンと、その使い魔であるネズミのような顔を持つ小鬼ブラウン・ジェンキンである。

ギルマンは彼らに無理やり儀式に引き込まれ、異次元を彷徨い、赤子の血で契約を交わすよう強要される。

そして夢と現実の区別が曖昧になる中で、アーカムに実際の殺人や赤子の失踪事件が起こる。

ついにギルマンは魔女の儀式により犠牲となり、殺される。

だが数か月後、建物の解体中に、魔女の隠れ家とされる部屋の奥から彼の遺体と共に、ブラウン・ジェンキンと赤子の白骨、そして異界の記号が刻まれた石板が発見され、恐るべき夢が現実であったことが証明される。

登場人物

ウォルター・ギルマン(Walter Gilman)

本作の主人公であり、数学的思考と民間伝承への関心を持つ理知的な青年である。

魔女の家に下宿して以降、悪夢に悩まされ、次第に精神と肉体の両面で衰弱し、最終的には魔女の儀式の犠牲となる。

ケザイア・メイスン(Keziah Mason)

1692年のセイラム魔女裁判で逮捕されながらも「壁に幾何学模様を描いて消えた」とされる伝説の魔女。

作中では夢の中に現れ、異界の空間を自在に移動し、ナイアルラトホテップへの奉仕を続けている。黒いローブをまとい、醜悪な老婆の姿で描かれる。

ブラウン・ジェンキン(Brown Jenkin)

ケザイアの使い魔で人間の顔を持つ巨大なネズミであり、夢と現実を行き来しながらギルマンに肉体的・精神的な害を与える。

彼の存在は作中最もグロテスクな象徴の一つである。

フランク・エルウッド(Frank Elwood)

ギルマンの友人であり、最も近くで彼の変化と恐怖を見守る人物。

ギルマンの死後も事件の調査に関わり、恐怖の全貌を記録する役割を果たす。

地名・象徴・モチーフ

アーカム(Arkham)

ラヴクラフト作品に頻出する架空のニューイングランドの町。

ミスカトニック大学が存在し、科学とオカルトが交錯する場として機能している。

魔女の家(The Witch House)

ギルマンが下宿する建物であり、もとはケザイア・メイスンの住居であった。

特異な建築構造と幾何学的に歪んだ屋根裏部屋は、異次元への扉としての機能を持ち、魔術的空間の象徴である。

数学と魔術

本作における重要テーマのひとつ。

ギルマンは非ユークリッド幾何学、量子力学、そして夢の中の魔術体系との類似に気づく。

ラヴクラフトは、現代科学の極限が古代の魔術と交差する可能性を提示している。

ナイアルラトホテップ(黒い男)

直接の名前は出されないが、「黒い男(Black Man)」として儀式中に登場し、契約の相手となる。

これはナイアルラトホテップの仮面の一つであり、ヨーロッパの魔女伝説における「黒い山羊」や悪魔的存在と習合している。

考察

「魔女の家の夢」は、近代科学と古代魔術が交錯する恐怖譚として、ラヴクラフト作品の中でも特異な位置を占める。

幾何学、異次元、古代の信仰、使い魔、儀式魔術といったモチーフは、単なる迷信や幻想ではなく、宇宙的現実の一部として描かれ、読者に理性の限界を突きつける。

また、夢と現実の境界があいまいでありながらも、物語の最後で現実の証拠が発見される構成は、幻想小説とホラーの接点を巧みに描いている。

ギルマンは科学的知識によって真理へ近づいたが、その真理とは人間の理解を超えた「魔」の領域であり、最終的には彼を死に至らしめる。

ケザイアとブラウン・ジェンキンの不気味な魅力、儀式の陰惨さ、そして都市の一隅に潜む異界への扉の描写により、本作は都市怪談、科学的探究、魔女伝説が融合した完成度の高いクトゥルー神話作品となっている。

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