『宇宙からの色(The Colour Out of Space)』(H.P.ラヴクラフト著)の解説

『宇宙からの色(The Colour Out of Space)』は、H・P・ラヴクラフトによって執筆された恐怖小説であり、彼の作品群における最も不気味で異質な物語の一つである。
創元推理文庫の『ラヴクラフト全集4』に収録されている。
目次
注意
読者の体験を損なう可能性があるため、本解説を読む前に先に物語を読んでおくことを強く推奨する。
書籍の表紙以外に掲載しているイラストはあくまで本ブログによる創作物であり、公式に発表されているものではない点に注意して頂きたい。
物語の概要

物語は、アーカム近郊に新たな貯水池を建設するために土地の調査を行う語り手が、地元の老人アミ・ピアースから聞いた恐ろしい過去の出来事を回想形式で語る形をとる。
1882年、ネイハム・ガードナーという農夫の農場に、奇妙な隕石が落下する。
その隕石は未知の物質でできており、地球上のいかなる元素にも一致しない「名状しがたい色」を放っていた。
ミスカトニック大学の教授たちが調査に訪れるが、隕石は縮小し、やがて消失してしまう。
その後、ガードナー家の農場では、果樹や作物が異常な成長を遂げ、見かけは立派ながら、すべてが苦く食べられないものとなる。
動物や家畜は奇形化し、やがて死ぬ。植物も灰色になり、腐敗と崩壊を始める。
井戸水は異常な味を帯び、ついには家族の精神と肉体にも変調をきたす。
家族は次第に狂気と死に取り込まれていき、最終的に残された父ネイハムさえも正気を失い、荒廃した家で死を迎える。
アミ・ピアースは最後までガードナー家を見守り、その恐るべき真実を語る者として生き残る。
登場人物
ネイハム・ガードナー
隕石の落下地点に住んでいた農夫で、家族の主。次第に農場と家族が崩壊するなかで、狂気に蝕まれていく。
ネイハムの妻(ナビー)
最初に精神の異常をきたし、屋根裏に隔離される。最期はもはや人間とは呼べない状態になる。
ジナス、タデウス、マーウィン
ネイハムの息子たち。それぞれが異なる形で異変に巻き込まれ、最終的には死または失踪する。
アミ・ピアース
物語の語り手に体験談を語る唯一の生存者。比較的正気を保っているが、精神には深い傷を負っている。
語り手(無名)
アーカム近郊での貯水池建設のために現地調査を行っていた技師。アミからの話により、焼け野の恐怖を知る。
地名と設定
アーカム(Arkham)
マサチューセッツ州にある架空の町。ラヴクラフト作品によく登場する土地で、魔女伝説や怪異の伝承に満ちている。
焼け野(Blasted Heath)
物語の主な舞台で、ガードナー家の農場があった場所。
隕石の影響で不毛の灰色地帯となった。
この地には植物も動物も生きられず、想像力さえも狂わせる邪悪な雰囲気を放つ。
ミスカトニック大学(Miskatonic University)
アーカムに存在する架空の大学で、隕石を調査した教授たちが所属する。ラヴクラフト神話体系における中心的機関である。
考察
『宇宙からの色』は、ラヴクラフトの中でも「宇宙的恐怖(Cosmic Horror)」の真髄を示す作品である。
恐怖の対象は、明確な怪物や幽霊ではなく、この世界の法則を超越した存在や現象であり、それが徐々に現実世界へ浸食していくさまが描かれる。
色という視覚的なものを、人間の感覚では捉えきれない未知の存在として描いた点は、極めて斬新であり、読者の想像力をかき立てる。
また、科学すら無力である「異質なもの」が、目に見えない形で人間の生活を蝕んでいくさまは、20世紀初頭の科学と未知への不安を象徴している。
最後に登場する「輝きが空へと戻っていく」描写は、地球に異星から訪れた存在が再び宇宙へ帰還したことを示唆している。
しかしその「一部」がまだ地中に残っていることも暗示されており、不気味な余韻を残して物語は閉じられる。