『ファラオとともに幽閉されて(Imprisoned with the Pharaohs)』(H.P.ラヴクラフト著)の解説

ラヴクラフト全集 7 | H・P・ラヴクラフト, 大瀧 啓裕 | 英米の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

『ファラオとともに幽閉されて(Imprisoned with the Pharaohs)』は、H・P・ラヴクラフトが1924年に発表した短編小説であり、古代エジプトの神秘とクトゥルフ神話的恐怖とを融合させた作品である。

本作は実在の奇術師ハリー・フーディーニ(Harry Houdini)の体験談として執筆されたが、実質的にはラヴクラフトの創作によるフィクションであり、ゴーストライターとしての彼の技巧が遺憾なく発揮されている。

創元推理文庫の『ラヴクラフト全集7』に収録されている。

注意

読者の体験を損なう可能性があるため、本解説を読む前に先に物語を読んでおくことを強く推奨する。

書籍の表紙以外に掲載しているイラストはあくまで本ブログによる創作物であり、公式に発表されているものではない点に注意して頂きたい。

物語の概要

『ファラオとともに幽閉されて(Imprisoned with the Pharaohs)』
『ファラオとともに幽閉されて(Imprisoned with the Pharaohs)』

物語の語り手は、実名で登場するハリー・フーディーニである。

彼はエジプトのカイロを訪れた際、現地の案内人に騙され、ピラミッドの地下へと連れ込まれ、囚われの身となる。

その目的は金銭の強奪であったが、案内人たちは彼をギザの大ピラミッドの地下深くにある未知の空間へと落とし込み、逃げられないように放置して去ってしまう。

暗闇のなかで身動きの取れぬまま、フーディーニは地下の空洞に潜む異様な存在たちの気配を感じ始める。

彼の目に映るのは、異形の生物や古代の神殿の幻影、巨大な蛇のような生き物の影であり、次第に彼の理性は極限まで追い詰められていく。

やがて、彼の目の前で太古の神々のような存在による儀式が展開され、かつてのファラオの魂がその神々に生け贄として捧げられる光景を目撃する。

そこには、人間のスケールをはるかに超える、巨大で不浄な存在(クトゥルフ神話における古き神々に近い)が蠢いており、エジプトの地下にいまだ潜むことが示唆される。

絶望の極みにあった彼は、突如として意識を失い、次に目覚めたときには地上に救出されていた。

誰も彼の語る怪異を信じず、それは熱中症による幻覚と片付けられる。

しかし、フーディーニは、肉体に残された爪痕が、それが夢でも幻覚でもなかったことを証明していると主張し、語りを終える。

登場人物

ハリー・フーディーニ(Harry Houdini)

語り手兼主人公。

世界的な脱出王・奇術師であるが、本作では超自然的存在の前で為す術もなく翻弄される。

彼の現実的な知識と芸術的技能が、神秘の力の前でいかに無力であるかが描かれる。

現地の案内人たち

フーディーニを騙して地下に閉じ込めるエジプト人たち。

名前は明かされないが、いかがわしいガイドとして描かれる。

地下に潜むものたち(名状しがたきもの)

明確に名は与えられないが、巨大な蛇のような怪物や神殿のなかの神々のような存在たちが登場する。

それらはクトゥルフ神話の「旧支配者」に近い描写であり、特にニャルラトテップ(Nyarlathotep)に近い神性が暗示されている。

地名

カイロ(Cairo)

語り出しの舞台。

異国情緒に満ちた市街地として描かれるが、その裏には古代エジプトの恐怖が潜む。

ギザの大ピラミッド(Great Pyramid of Giza)

物語の中心舞台。

表向きには観光地であるが、その地下には人類が知らぬ深淵が広がっている。

地下の神殿/空洞

ファラオの霊魂や神々の儀式が行われる場所であり、現実と神話、時間と空間の境界が崩れる超越的空間。

そこには現世の論理が通じない世界が広がっている。

解説

『ファラオとともに幽閉されて』は、古代の神秘と現代文明の衝突をテーマとした作品であり、ラヴクラフトが得意とする「人智を超えた恐怖」の原型がはっきりと現れている。

彼は、観光や探検の対象とされるエジプト文明の背後に、未だ眠る古代の恐怖が存在するという視点を導入する。

また、ハリー・フーディーニという合理主義と脱出の象徴を主人公に据えることで、その力すら無効化される超越的恐怖の存在を際立たせている。

つまり、いかなる技能や知識も、太古の異形には通用しないというラヴクラフト的宇宙観の具現化である。

本作はのちのラヴクラフト作品と異なり、神名(例えばクトゥルフ、ナイアーラトテップなど)を明確には用いていないが、描写される存在や儀式は、それらと地続きである。

また、「地下」「巨大」「古代の神殿」「非ユークリッド的空間」などのモチーフは、のちの『狂気の山脈にて』や『ネクロノミコン』を始めとする神話体系に通じるものである。

したがって、『ファラオとともに幽閉されて』は、ラヴクラフト的恐怖と冒険の融合点であり、また実在の人物を用いたフィクションによって、よりリアルな臨場感と恐怖の説得力を備えた作品である。

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