『死体蘇生者ハーバート・ウェスト(Herbert West–Reanimator)』(H.P.ラヴクラフト著)の解説

H・P・ラヴクラフト作「死体蘇生者ハーバート・ウェスト(Herbert West—Reanimator)」は、1921年に連載形式で発表された連作短編小説である。
メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』を下敷きとしつつ、死の神秘に挑む狂気と恐怖をラヴクラフト流に描いた。
本作はクトゥルー神話との直接的連関は希薄であるが、「死体の蘇生」という禁忌のテーマを通して、科学と道徳、理性と狂気の対立を描く。
創元推理文庫の『ラヴクラフト全集5』に収録されている。
目次
注意
読者の体験を損なう可能性があるため、本解説を読む前に先に物語を読んでおくことを強く推奨する。
書籍の表紙以外に掲載しているイラストはあくまで本ブログによる創作物であり、公式に発表されているものではない点に注意して頂きたい。
物語の概要

物語は語り手である無名の医師によって語られ、彼の大学時代からの友人であり同僚でもある、異常な執念をもつ医師ハーバート・ウェストの生涯が記録される。
ウェストは「死は可逆的な現象である」と信じ、死者を蘇生させる血清の研究に没頭しており、語り手は長年にわたって彼の助手として関わってゆく。
物語は6章からなり、それぞれがウェストの行った実験とその結果を描いている。
彼は最初こそ動物で実験を行っていたが、次第に人間の死体に手を出し、その過程で蘇生体が暴走したり、異常な知性を示したりと、さまざまな恐怖に直面することになる。
最終章において、彼がかつて蘇生させた死体の集団に襲われ、ついに破滅を迎えることで物語は閉じられる。
登場人物
ハーバート・ウェスト(Herbert West)
本作の中心人物であり、「死の否定」を信条とする冷徹な科学者である。
死体蘇生の実験に取り憑かれ、生涯をそれに捧げるが、その執念がやがて恐るべき結果を引き起こす。
外見は小柄で金髪、青白く無表情な人物と描かれる。人間性を欠いた冷酷な合理主義者である。
語り手(無名の医師)
ウェストの大学時代の同級生であり、助手を務める人物。
本作は彼の手記の形で進行し、読者は彼の視点を通して物語を体験する。
彼はウェストの実験に嫌悪感を抱きながらも、強い影響下に置かれて行動を共にし、ついには精神を病むに至る。
チャップマン、ケイン、バートン、ハルゼイ学長など
物語に登場する蘇生体または犠牲者たちである。
とくにハルゼイ学長は蘇生後に知性を失い暴力的な怪物となり、精神病院に幽閉される。彼の存在は物語後半の緊張と恐怖の源となる。
地名・象徴・モチーフ
ミスカトニック大学(Miskatonic University)
架空の大学であり、ウェストと語り手の出身校として登場する。
後年のクトゥルー神話作品でも重要な舞台となるこの大学は、本作では医学と科学研究の中心地であり、禁断の知識への入口でもある。
アーカム(Arkham)
物語の舞台となるニューイングランドの架空の町であり、死体を掘り起こす場でもある。この町の陰鬱な雰囲気が物語全体の背徳性と不気味さを支える。
死体蘇生(Reanimation)
本作の中心モチーフであり、「死」という不可侵の自然法則に科学によって挑もうとするウェストの傲慢さが象徴される。蘇生体は往々にして知性を失って暴走し、死者を「呼び戻す」行為の不可能性と危険性を示す。
考察
「死体蘇生者ハーバート・ウェスト」は、単なるホラー作品ではなく、理性による自然の征服という近代科学の信念に対する、ラヴクラフトの深い懐疑が込められた作品である。
ウェストは科学者としての冷酷な探求者である一方、倫理を喪失した狂人でもあり、その結末は彼の信じた合理主義の崩壊を意味している。
物語は連載形式であるがゆえに構造的にやや散文的であるものの、各章における恐怖の積み重ねは確実に効果を発揮し、読者に対してじわじわと狂気の感覚を与える。
また、蘇生体の中には知性や記憶の断片を保つ者もあり、ラヴクラフトが恐れていた「死後の知覚」「死者の逆襲」といったテーマも色濃く描かれている。
ハーバート・ウェストは、その後の「マッドサイエンティスト」像の原型として、多くのフィクションに影響を与えた存在である。
ラヴクラフトにとっても「人間の限界」への警鐘としての役割を果たす重要なキャラクターである。