『白い帆船(The White Ship)』(H.P.ラヴクラフト著)の解説

ラヴクラフト全集 6 | H・P・ラヴクラフト, 大瀧 啓裕 | 英米の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

『白い帆船(The White Ship)』は、H・P・ラヴクラフトが1919年に発表した幻想的短編小説である。

夢幻と現実、欲望と破滅の対比を通じて、人間の欲望の果てにある破局を寓意的に描いた作品である。

創元推理文庫の『ラヴクラフト全集6』に収録されている。

注意

読者の体験を損なう可能性があるため、本解説を読む前に先に物語を読んでおくことを強く推奨する。

書籍の表紙以外に掲載しているイラストはあくまで本ブログによる創作物であり、公式に発表されているものではない点に注意して頂きたい。

物語の概要

『白い帆船(The White Ship)』
『白い帆船(The White Ship)』

語り手はバザル・エルトンという灯台守である。

彼は祖父や父からこの仕事を継ぎ、ノース・ポイントの灯台で静かな日々を過ごしていた。

海と月を見つめる彼の前に、満月の夜になると、南方から白い帆船が現れる。

やがて彼は帆船に乗り込み、船長と思しき髭をたくわえローブを着た男の案内で幻想の海を旅することになる。

旅の途中、彼らは様々なという異国的かつ神秘的な地を訪れる。

そして語り手はついに理想郷として語られるが、実在はせず、到達しようとした者は滅びる運命にあると言われているカトゥリアへ向かう決意をする。

玄武岩の柱の彼方へ進むが、そこに待っていたのは世界の果てのような大瀑布と虚無の海であった。

帆船は激流に飲み込まれ、彼は再び灯台で目を覚ます。

足元には、死んだ青い鳥と白い割れた円材(帆船の残骸と思われる)が残されていた。

以来、白い帆船は再び現れることはなかった。

登場人物

バザル・エルトン

語り手で主人公。

幻想的な旅を通じて理想と現実の境界をさまよう灯台守。

彼の視点が読者の導き役となる。

髭の男(白い帆船の船長)

語り手を旅へといざなう神秘的な存在。

理性と忠告の象徴であり、語り手の欲望をたしなめる。

地名

ザル

夢や美のイメージが形をとって存在する場所。

詩人の幻視、霧の彼方に見た光景が現れるが、ここに足を踏み入れた者は故郷に戻れないという。

タラリオン

知識と好奇心を象徴する都市であるが、過ぎた探求心は死を招くという警告の地でもある。

ズーラ

快楽と享楽の罠を象徴し、見た目とは裏腹に死と腐敗に満ちている。

ソナ=ニル

理想郷、永遠の安息を与える場所。

現実逃避の象徴でもあるが、そこにとどまることで真の満足を得ることも示唆されている。

カトゥリア

手に入らぬ理想、過剰な欲望の象徴。

語り手がこれを求めて破滅する。

解説

本作は、人間の理想の追求とその代償を描いた象徴的物語である。

語り手は一度、完璧な幸福の地ソナ=ニルに至りながらも、それを退屈と感じ、さらなる「理想郷」カトゥリアを追い求めて破滅する。

これは、満足を知らずにさらに先を求める人間の性、そして「より良きもの」への欲望が、しばしば「持っていた幸福」を失わせるという寓意に通じる。

また、物語のラストで彼が目を覚ますのは現実世界であり、幻想からの帰還が破滅と喪失感を伴うものであることを示す。

白い帆船も青い鳥も、もはや戻ってはこない。

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