『無名都市(The Nameless City)』に(H.P.ラヴクラフト著)の解説

ラヴクラフト全集 3 | H・P・ラヴクラフト, 大瀧 啓裕 | 英米の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

『無名都市』は、1921年に発表されたラヴクラフトの短編であり、のちのクトゥルフ神話体系においても重要な起点となる作品である。

創元推理文庫の『ラヴクラフト全集3』に収録されている。

注意

読者の体験を損なう可能性があるため、本解説を読む前に先に物語を読んでおくことを強く推奨する。

書籍の表紙以外に掲載しているイラストはあくまで本ブログによる創作物であり、公式に発表されているものではない点に注意して頂きたい。

物語概要

『無名都市(The Nameless City)』
『無名都市(The Nameless City)』

『無名都市』は、1921年に発表されたラヴクラフトの短編であり、のちのクトゥルフ神話体系においても重要な起点となる作品である。

本作は、「クトゥルフ神話」に登場するいくつかの要素(アラブの詩人アブドゥル・アルハザードや、その著書『ネクロノミコン』)が初めて言及された作品であり、宇宙的恐怖と未知への探求というテーマを根底に持つ。

語り手は無名の探検家であり、アラビアの砂漠の奥地に眠るという伝説の「無名都市」を、ラクダに乗って探索する。

この都市はアラブの部族が恐れて近づかない場所であり、狂詩人アルハザードが「そは永久に横たわる死者にあらねど、測り知れざる永劫のもとに死を超ゆるもの」という句を残した地である。

語り手は、砂に埋もれた太古の廃墟を発見し、地下神殿の探索を通して、この都市が人類以前の非人間的な種族によって築かれたことを知る。

最深部で彼は、その種族の記憶や精神が今なお生き続けていることを暗示される幻視体験を経て、正気を失いかけながら脱出する。

登場人物

語り手(主人公)

本作の主人公であり語り手。

学識と冒険心を兼ね備えた人物で、アラビアの伝承に基づいて「無名都市」を探しに来た。

彼は神話と歴史の境界にあるものを解き明かそうとするが、常識を超えた古代の恐怖に触れて恐慌状態に陥る。

アブドゥル・アルハザード(Abdul Alhazred)

直接登場はしないが、物語の核心にある人物。

『ネクロノミコン』の著者とされ、夢でこの都市を見たと語られる。彼の残した詩句が、都市の真の性質と危険性を象徴的に伝える。

非人間的な種族

人類出現以前にこの地に栄えた知的生命体。

身長が非常に低く、四肢の構造や生活様式も人類と大きく異なる。彼らは神殿を造営し、精神を永遠に保存する手段を得たが、物理的な姿は朽ち果て、意識だけが地下空間に生き続けていることが暗示される。

地名・舞台設定

無名都市(The Nameless City)

アラビアの奥地に位置する、極度に古い廃墟である。

古代エジプトやバビロニアよりも遥かに古く、その名は口にされず、歴史にも記録されていない。

都市の構造は不自然な比率を持ち、人間の尺度では理解しがたい。

アラビアの砂漠

灼熱と静寂に包まれた乾燥地帯。

現地の部族はこの地を忌避しており、悪霊や古の呪いがあると信じている。

冒頭の風景描写は、読者に寂寥と未知への不安を強く印象づける。

地下の神殿群・回廊

都市の地下に広がる広大な構造物。

天井は非常に低く、人間の身長では歩けないため、かつての住人の体格が極めて小さかったことが分かる。

内部には石棺のような箱や奇怪なレリーフがあり、探検者はその存在の異様さに圧倒される。

解釈と主題

『無名都市』は、ラヴクラフトの作品群のなかでも、「時間」「記憶」「異種族文明」という主題を前面に打ち出した最初の作品である。

人間の理性を超えた存在との遭遇、文化の断絶と継承、時間の深淵、そうしたテーマが一貫して流れており、後の「クトゥルフ神話」の宇宙的恐怖観につながる導入としての位置を占める。

また、本作では恐怖が「怪物」ではなく、「構造そのものの異様さや空間の歪み」として現れている点が特筆される。

地下神殿の異常な寸法や、非人間的な建築様式、霊的体験によるビジョンは、直接的な脅威というより、「我々の知らない時代にあった知性体の痕跡」として、不気味に読者の心を侵食する。

最後に語り手が体験する幻視、それは「現在の人類とは異なる精神的存在」がまだこの世界のどこかで生きているという恐るべき啓示である。

これにより、『無名都市』は、ラヴクラフトの真骨頂である「知らない方が幸福である真実」の恐怖を見事に描き出しているのである。

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