『エーリッヒ・ツァンの音楽(The Music of Erich Zann)』(H.P.ラヴクラフト著)の解説

ラヴクラフト全集 2 (創元推理文庫) | H・P・ラヴクラフト, 宇野 利泰 | 英米の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

『クトゥルフの呼び声(The Call of Cthulhu)』は、アメリカの怪奇作家H・P・ラヴクラフトによる短編小説である。

創元推理文庫の『ラヴクラフト全集2』に収録されている。

注意

読者の体験を損なう可能性があるため、本解説を読む前に先に物語を読んでおくことを強く推奨する。

書籍の表紙以外に掲載しているイラストはあくまで本ブログによる創作物であり、公式に発表されているものではない点に注意して頂きたい。

物語の概要

エーリッヒ・ツァンの音楽(The Music of Erich Zann)
エーリッヒ・ツァンの音楽(The Music of Erich Zann)

『エーリッヒ・ツァンの音楽』は、幻想と恐怖が交錯する都市の一角で、ひとりの若者が怪奇な音楽家と出会い、その旋律が隠していた異界との境界に触れるという異常な体験を描いた作品である。

本作は1921年に執筆され、ラヴクラフトの「都市幻想」的な要素と「見てはならぬものを覗き見る恐怖」が巧みに融合した短編である。

語り手(名前は明らかにされていない)は、留学中の貧乏学生であり、パリの架空の通り「リュー・ドーゼル街(Rue d’Auseil)」にある古びたアパートに住んでいた。

そこには音楽家エーリッヒ・ツァンという老人が上階に住んでおり、異様な音楽を奏でることで知られていた。

語り手は彼の奏でる音楽に魅せられ、やがてツァン本人と親しくなるが、彼がなぜ音楽を奏で続けるのか、その真実を知ろうとしたことで、語り手はこの世ならぬ存在と接触しかけ、恐怖のうちに街を逃れ去ることとなる。

主な登場人物

語り手(主人公)

本作の語り部であり、ドイツ語を学ぶために大学に通う学生。

物語の語り手ではあるが、名前や詳細な背景は明かされない。

偶然入居した古びたアパートでツァンの音楽に触れ、不可思議な出来事に巻き込まれる。

エーリッヒ・ツァン(Erich Zann)

物語の核心に位置する登場人物で、年老いたドイツ人のヴィオラ奏者。

言葉を発することができず、筆談でのみ語り手と意思を通じる。

下層階の住人を遠ざけるような奇怪な音楽を夜毎奏で、実はその演奏が異界からの侵入を阻む役割を果たしていたことが示唆される。

舞台設定・地名

リュー・ドーゼル街(Rue d’Auseil)

物語の主な舞台であるパリの架空の通り。

現実の地図には存在せず、語り手が後に再び訪れようとしても見つけ出すことはできなかった。

この通りには老朽化した建物が立ち並び、貧しい人々が暮らしている。

坂の頂上にあるツァンの部屋からは、常識では見えない光景が垣間見える。

ツァンの部屋

アパートの最上階に位置するこの部屋は、異常な力の通り道となっている。

ツァンはそこから見える「窓の外の何か」に向けて音楽を奏でているが、その詳細は描写されず、想像を絶する存在と繋がっていることだけが伝わる。

考察

本作は、「不可視の境界」と「音楽による封印」というテーマを内包している。

ツァンの音楽は単なる芸術ではなく、異界との接点を封じるための儀式であった。

語り手がその秘密に触れようとした瞬間、異界の裂け目が開き、恐怖に満ちた無限の空間が垣間見える。

そしてその直後、語り手はリュー・ドーゼル街の存在そのものが現実から抹消されていることを知る。

このように、ラヴクラフトは読者の理解の及ばぬ“外なる世界”の存在を暗示し、人間の理性が及ばぬ場所に接触することの恐怖を描き出している。

また、ツァンの「言葉を持たぬ沈黙」と、音楽のみが真実を語るという構図も、音と沈黙の象徴的対比として、非常に効果的である。

まとめ

『エーリッヒ・ツァンの音楽』は、ラヴクラフト作品中でも比較的幻想味が強く、都市の闇に潜む異常現象と芸術表現の力とが交錯する秀作である。

怪物の具体的描写を避け、読者の想像力に恐怖を委ねることで、より深い余韻を残す構成となっている。

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