高橋杉雄氏の「現代戦略論 大国間競争時代の安全保障」についての感想を書く
高橋杉雄氏が書いた「現代戦略論 大国間競争時代の安全保障」についての感想を書く。
高橋杉雄氏とは?
防衛研究所WEBサイト / National Institute for Defense Studies, Ministry of Defense
著者は防衛研究所の防衛研究政策研究室長に勤めている。
彼を知ったのはウクライナ侵攻が起きてニュース番組のゲストとしてよく呼ばれていたからである。
おそらく世間的にも、ウクライナ侵攻後から注目されるようになったと思う。
ニュースを見ていて、理路整然と冷静沈着に高い専門性を持って話す人だと印象を受けた。
淡々と話す様子から冷たい人なのかもしれないとも思っていた。
しかしPTSDを発症した元米兵がウクライナへ行く話をした時に、感極まって言葉を詰まらせる様子から、実は感傷的な人なのかもしれない。
という具合に著者に興味を持ったことと、ウクライナやガザでの戦争を見ていてニュースで伝えられてない専門的な部分まで知りたいと思い、彼の著作を読んでみようと思った。
内容
タイトル通り、最初に戦略についての説明に全体の1/4ほど使っている。
そこから日本を取り巻く安全保障の環境と変化を踏まえた上で、今後日本の取るべき、取るだろう戦略について書かれている。
ちなみに本書はウクライナ侵攻が起きてから書かれたものであるが、そちらについてはほとんど触れられていない(今なお終結していないので当然だが)。
日本を取り巻く環境についても、話題はアメリカと中国、台湾が中心であり、北朝鮮やロシアといった他の脅威についてはあまり触れられていない。
日本にとって差し迫った脅威が台湾有事であるから、そこへスポットを当てられたと思われる。
つまり本書が指す「大国間競争時代」とはアメリカと中国による競争であり、アメリカとソ連による核開発などの競争については過去の出来事として扱われている。
そちらは主題でないため、それらの内容を期待して読むと落胆するかもしれない。
感想
小難しい数式は全くなく、専門用語なども極力抑えられており、さらっと読むには丁度良い分量だと思う。
特に参考になったのは戦略における目的の設定についてである。
この本では戦略目的は明確であるべきと論じており、その明確さを以下のように定義している。
戦略における「目的が持つべき明確さ」を「失敗が何かを定義できるレベルの具体性を持つこと」と定義する。
高橋杉雄 現代戦略論 大国間競争時代の安全保障 並木書房 2023 p.58
つまり目的を達成できたかどうか、客観的に分かる形で設定しなければ、意味がないということである。
自分で目的を立てたり、人に立てさせる場合、この点に留意しておけば目的が形骸化することを防ぎ、かつ目的を達成するための具体的な手段を考えやすくなるだろう。
もう一つ触れておきたいのは、終盤に書かれている日本の防衛費についてである。
本書では防衛費増額のヒントが書かれている(その詳細な内訳を論じている訳ではない)。
中国からの脅威に対抗するために、日米中による比較分析を行い、様々な視点から優位劣位を検証している。
中国の軍事力は脅威であるが、日本には海によって隔てられた地理的、防御側であることの優位性に加え、アメリカとの同盟関係もある。
ゆえに著者は攻撃3倍の法則により、防御側である日本は中国の1/3の戦力を保持してれば抑止力として機能するため、その1/3の戦力を保持するための防衛費が必要であると主張している。
世間では防衛費増額に対する風当たりが強いが、安易に批判する前にまずは本書で示されている日本の置かれている安全保障の状況を知るべきである。
現在の防衛費が正しいかはさておき、多くの日本国民が日本の安全保障とそれ必要な防衛費に対する関心を持つことこそが、筆者が最も訴えたい部分なのだろうと思っている。
ただ「現代戦略論 大国間競争時代の安全保障」という重々しいタイトルのせいで、これを手に取る読者が限定されるのが数少ない本書の欠点かもしれない。