『故アーサー・ジャーミンとその家系に関する事実(Facts Concerning the Late Arthur Jermyn and His Family)』(H.P.ラヴクラフト著)の解説

『故アーサー・ジャーミンとその家系に関する事実』は、H・P・ラヴクラフトが1920年に執筆した短編小説であり、遺伝と人間の起源にまつわる宇宙的な恐怖を描いた作品である。
物語は、一人の男の自殺を起点に、その背後にある異様な血統の秘密を明かしていく形式をとっている。
創元推理文庫の『ラヴクラフト全集4』に収録されている。
目次
注意
読者の体験を損なう可能性があるため、本解説を読む前に先に物語を読んでおくことを強く推奨する。
書籍の表紙以外に掲載しているイラストはあくまで本ブログによる創作物であり、公式に発表されているものではない点に注意して頂きたい。
物語の概要

物語は、イギリスの貴族アーサー・ジャーミン卿が焼身自殺を遂げた事件から始まる。
彼はある日、アフリカから届いた小包の中身を確認し、その内容に衝撃を受けて、自ら油をかぶり火をつけたのである。
ジャーミン家は代々、狂気や異形の血に蝕まれていたと噂されていた。
アーサーの祖先であるウェイド・ジャーミン卿は18世紀にコンゴ奥地を探検し、そこで出会ったポルトガル商人の娘を妻として連れ帰る。
その後、妻は屋敷に閉じ込められる形で生活し、息子をもうけるが、やがて夫とともに再びアフリカに戻り、そのまま消息を絶つ。
アーサーはその祖先の残した探検記や奇妙な文書に興味を持ち、ついには自身もコンゴへ旅立つ。
帰国後、彼は白い類人猿の女神のミイラが自分の家に届くことを知り、期待と不安に胸を高鳴らせる。
箱が届いたのち、それを開けたアーサーは、ミイラの首にかけられていた金のロケットに自家の紋章を見つけ、ミイラの顔が自分と似ていることに気づき、発狂する。
自らを焼き尽くして絶命するのであった。
登場人物
アーサー・ジャーミン
本作の中心人物。
詩人で学者肌だが、異様な容貌と遺伝の秘密に悩む。
アフリカの調査を通じて家系の秘密に近づき、最期には焼身自殺する。
ウェイド・ジャーミン
アーサーの五代前の祖先。
アフリカ探検家で、コンゴの奥地で謎の白人文明と接触し、類人猿の王女とされる存在を妻にしたとされる。
狂気の兆候があり、精神病院に入れられた。
ロバート・ジャーミン
曾祖父。
人類学者で、ウェイドの収集品を研究した。
晩年に悲劇に見舞われ狂気に陥る。
アルフレッド・ジャーミン
アーサーの父。
ゴリラと異常な関係を築き、サーカス団での凄惨な死を遂げる。
詰物のされた女神(類人猿のミイラ)
物語の鍵を握る存在。
人間に極めて近い外見を持ち、ジャーミン家の女性(ウェイドの妻)と一致する可能性がある。
地名と設定
ジャーミン邸
物語の舞台となる古びた屋敷。
家系の呪いと狂気を象徴する存在である。
コンゴ
ウェイド卿が探検した地であり、白い類人猿の文明や伝説が眠る場所。
アーサーもこの地を調査し、家系の秘密を掘り起こす。
オンガ部族
コンゴの現地民族。
伝説として「白い神」「類人猿の王女」や「失われた都市」を語り継いでいる。
解説
本作は、ラヴクラフトの恐怖の根源が「遺伝」や「人間と他種の混血」という禁忌的テーマに深く根ざしていることを顕著に示す作品である。
ラヴクラフトは本作の出版にあたり、編集者が「白い類人猿」という題をつけたことに強い不満を示しており、単なる猿の話ではなく、分類不能な「中間存在」の恐怖を描くことが目的であった。
アーサー・ジャーミンが自ら命を絶つのは、彼の血筋に人間以外の存在が混じっていたことを知ったからであり、その知識が彼の精神を崩壊させた。
これは、「真実は人間の理性では耐えられない」というラヴクラフト的宇宙観の典型例である。
また、この作品にはヴィクトリア時代的な人種観が色濃く反映されており、現代の読者には注意が必要である。
とはいえ、家系という密閉空間で発酵する恐怖、そしてそこに封印された過去の「知ってはならぬ真実」を発掘するモチーフは、ホラー文学としての価値をいまなお保っている。